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リーダーの内省が若手社員の活躍を促す
チームワークを高める「場づくり」の進め方
- 村瀬 俊朗氏(早稲田大学 商学部 准教授)
- 井上 由大氏(株式会社共立メンテナンス レジデンス市場開発部)
近年、入社当初は意欲的だったはずの若手社員が突然退職するケースが増えている。早稲田大学の村瀬俊朗准教授は、リーダーによる職場づくりの意識不足や心理的安全性を維持する仕組みの未整備が理由だと語る。村瀬氏が若手の自律的な活躍を促すためにリーダーが意識すべき、「場づくり」のポイントを解説。具体的な解決策の一つとして、株式会社共立メンテナンスの井上由大氏が自社の社員寮サービスの導入事例を紹介した。
1979年創業の共立メンテナンスは、「dormy inn」や「御宿野乃」、「共立リゾート」などのホテル事業で知られる一方、「学生会館Dormy」や「DORMY BIZ」などの寮事業も手掛けている。
このうち、企業向けに社員寮を提供する「DORMY BIZ」は、単に宿舎を用意するだけでなく、社員同士が居住空間をともにし、交流することで心理的安全性を高め、離職を防止する効果や、互いに異なる視点を共有することで入居する社員が視野を広げる効果も期待できるという。
企業のニーズに合わせて建物全体を用意する1棟利用だけでなく、1室利用から可能なプランも北海道から沖縄まで全国の主要都市部で展開している。寮長・寮母的存在であるマネジャー夫妻の常駐や、朝と夜の食事の提供、備え付け家具といったサービスがあり、福利厚生の充実や家事負担の軽減にも活用できる。必要な時期にだけ借りられるため、企業としては空室リスクを抱えずに社員寮を用意できるメリットもある。
講演ではまず、チームワークとリーダーシップが専門の早稲田大学・村瀬俊朗准教授が、若手の離職を防ぎ、活躍を促進するための考え方や具体策について語った。後半は共立メンテナンスの井上氏がその一例として「DORMY BIZ」の導入事例を紹介した。
「良いチーム」にはリーダーの努力がある
村瀬氏はまず、厚労省の統計に基づき、20代の転職理由は男女とも「人間関係」が大きいと示した。人間関係はストレスにつながるだけでなく、パフォーマンスや仕事に影響を及ぼし、学習意欲の違いを生む要因になるという。その上で、良い人間関係のための「良い場づくり」について説明した。
「『良い場』には機能と状態がありますが、機能としてはまず「感情の表出」があります。私たちは違う意見を言いたくても言わないことが多々ありますが、感情を表出すること、つまり意見を適切に表現してもらうことは組織にとって重要です。これがないと、急に『辞めます』ということにつながりかねません。組織を高めるためにも、意見を言ってもらうことは重要です。
『良い場』を作ることで、『心理的安全性』が高まります。これは『少数派でも恐れを抱かずに意見を言ってみよう』と多くの人が思える状態であり、改善や成長行動につながっていきます。『あの企業、あのチームは、なぜうまくいっているんだろう?』といわれる組織は、たまたまうまくいっているわけではありません。そこにはリーダーの努力が必ずあります」
具体的には「上司が部下を理解しようとする姿勢」が重要であるとし、上司の行動が離職率の低下にもつながるという。
例として、近年多くの企業が取り入れている上司と部下の1on1を挙げ、「ただやれば良いというわけではない」と述べた。「良い1on1」のためには「部下が何に悩んでいるのかを、関心をもって聞く」「上司ばかり話さない」ことが重要である。また、職場で部下の努力が認められている状態かつ、部下がその努力を共有できる1on1は、ただ単に回数が多いだけの1on1よりもエンゲージメントが高まるという。
「とはいえ、部下が多いと1on1を回すだけで精いっぱいということもあります。そこで重要なのは、上司自身の行動です。例えば『安全管理』を重視している職場であるなら、上司自身がいついかなる時も、業務より安全を優先する。リーダーが価値基準を作り、それを日々の行動で示していくことが重要です」
村瀬氏はリーダーの日々の行動が部下のコミットにつながるとしたうえで、リーダーの「良い癖」について解説した。「話を最後まで聞く」ことが重要で、さらに部下の話に反論したり、質問したりと1on1の内容を掘り下げる必要がある。
「人は新しいことを拒絶する傾向があり、部下が何かを言っても『はいはい』と聞き流してしまいがちです。そうではなく、部下の意見や提案に対して『ここは良いと思うけれど、ここはもう少し考えを練ってからもう一回持ってきて』というように返す。そうすることで、部下は『話を聞いてくれる』『どこを改善したら良いか教えてくれる』と感じられるのです。
一方で『悪い癖』もあります。『1on1なのに上司が愚痴や自分の言いたいことばかりを言っているだけで終わった』という声もよく聞きますが、否定や割り込みをせずに話を聞く必要があります」
また「まだ1年目だから分からないだけ」「簡潔にして」といった言葉の多用は避けるべきだという。忙しくてついイライラしたり、貧乏ゆすりをしたりすることも避けなければならない。
「怒鳴ることはもってのほかです。また時計をチラチラと見たり、メールをチェックしながら話を聞いたりしているようでは、若手は言いたいことを表現できなくなってしまいます」
リーダーは誰にどうやって「言う」べきかの経路をメンバーに示す
「適切な表現」の方法を部下に伝えていく必要もあると村瀬氏は言う。
「適切な表現は、各職場やリーダーごとに、経路や表現の仕方が異なります。上司が忙しいなら誰に伝えるべきか、分かりやすい表現はどのようなものか。チャットで伝えるべきか、ウェブ会議なのか、1on1なのか、特別に時間を作って言うべきなのか。『分かるよな』ではなく、最低限の整備をしておく必要があります」
また、何かを指示する際に単に「やってね」ではなく、なぜそれが必要なのかを説明することが重要だという。
「なぜそれをやるべきなのか、メンバーに腹落ちさせることが重要です。リーダーが新しい取り組みや方針などを説明しても、腹落ちしていなければメンバーは普段の業務を優先してしまいます。また、リーダーとメンバーの人間関係も大切です。『忙しいのに何の意味があるのか』と思われてしまうのか、『聞いてみよう』と思ってもらえるのかは、どんな関係性なのかで変わってきます」
村瀬氏は「人間関係」について、さらに詳しく解説。仕事の間柄における「業務支援」だけでなく、個人的な悩みの相談なども含めた「心理的支援」を積み重ねることにより、信頼関係が生まれるという。
「信頼には『認知的信頼』と『感情的信頼』があります。前者は『リーダーだから能力があるだろう』と頭で考えるもので、仕事上では上司を頼っても、悩みや弱みは見せてくれません。後者は『悩みを見せても誠実に向き合ってくれる』という感覚のこと。これがあると、『仕事だから』『上司だから』ではなく、『この人と一緒に色々やりたい』『○○に悩んでいるから相談したい』と思ってもらえるようになります」
村瀬氏は「感情的信頼」をはぐくむ鍵は「感謝」だとし、感謝を伝えるだけで仕事へのコミットが増えるというデータを示した。また、振り返りの大切さについて言及した。
「知恵はその場に長くいるだけで身につくものではありません。経験と振り返りの掛け算によって生まれるものです。振り返りを行っているチームはパフォーマンスが良いという研究結果もあります。1年や半年に1度ではなく、1、2ヵ月ごとに行うことが大切です。振り返りにおいて他者と言葉を交わすことが重要で、関係性の成熟につながります」
振り返りをすること、感謝を伝えることを通して、チームのパフォーマンスが良くなるのである。こうした関係性の成熟により、「同僚だから、上司だから」ではなく、「この人は面白いアイデアがあるから、一緒に働こう」という血の通った人間同士の関わりになるという。
村瀬氏によると、関係性の成熟には「共通体験」も効果的だという。例えば、友人と一緒に映画を見ている間は、会話をしなくても互いの好感度が上がる。このように、共通体験には時に会話以上の効果がある。職場に置き換えると、一緒にカフェに行ったり、散歩したりすることが該当し、普段と場所を変えるだけでも効果的であるという。「こうした場所の力を活用することも重要です」と、村瀬氏は講演を締めくくった。
新時代の「社宅」がエンゲージメント向上に寄与する
続いて、共立メンテナンスの井上由大氏が登壇。村瀬氏の講演を「業務と心、二つのつながりが強いチームを作る」「心の信頼が心理的安全性につながり、認知の共有を生み、組織の競争力を高める」とまとめ、そのための場を提供する具体策として、自社の社員寮サービス「DORMY BIZ(ドーミー・ビズ)」の導入事例を紹介した。
「社宅で生活の空間をともにするだけでなく、場を提供することで社員同士のつながりを醸成することが期待できます。互いにさまざまな考え方を共有することで、視野を広げ、日常的な交流が心理的安全性を高めます。結果としてエンゲージメントが高まり、離職防止につながると考えています」
井上氏は、数社の導入事例を紹介した。フジテック株式会社の例では、新入社員から単身赴任まで、若手を中心に幅広い年代が「DORMY BIZ」を利用。同社の希望で共用部が多い寮を利用しており、社員同士が大浴場や食堂で時間を共有し、仕事やプライベートの会話をすることでポジティブな関係性が構築されているという。
「少し難しい言い方をすると、『親和欲求の充足』によって気軽に相談できる環境を会社が用意した事例と言えます」
次に株式会社アデランスの事例を紹介。同社では研修期間から配属まで新入社員と若手社員を対象にDORMY BIZを活用している。全国配属が始まる前の研修期間に、同期入社の新人社員同士で生活をともにし、つながりを作れているという。
「研修中に同期のつながりを作ることで、全国に配属され、同期と離れた後でも同じ会社の中で頑張っていると感じられる。定期的に集まって『あの時はこうだった』と共通の思い出話をしたり、『今はこんなことをしている』と情報交換をしたりするきっかけにもなっています」
最後に前田建設工業の事例を紹介。新入社員から単身赴任までを対象としているが、メインは10ヵ月の研修期間だという。
「研修中にチームを作り、情報を共有しています。研修でいろいろな部署をローテーションで経験することになりますが、同期の話を聞く中で『次のローテーションでは、こんなことをするんだな』と心構えができる効果があります」
最後に、村瀬氏が講演を振り返ってコメントを述べた。
「近年、リモート化が進み、なかなか自由にいろいろなことが話せない環境になっています。また、人は話している時だけでなく、上司や同僚がどんな動きをしているのかを、仕事の前後も含めて見ているものです。リモートだけの仕事ではそこが限定的になってしまいます。共立メンテナンスさんの事例は『こういう活用の仕方があったのか』と驚かされました」